夜中の客
月のない夜の事である
炭焼きを生業とする男の小屋の戸を叩くものがあった。
山の中の一軒家である。もしや道に迷った猟師か木こりだろうかと、男は戸を開けた。
そこに立っていたのは十ばかりの娘と、弟と思われる幼子だった。
「一晩泊めていただけませんか」
娘は静かな声で言った。
こんな真夜中に子供二人が山の中にいるなんて、さては妖の類かとも思ったが、疲れ果てた姿がどうにも憐れで、男は二人を小屋に入れると、明日の分に取っておいた飯を雑炊にして食わせた。
子供はすっかり汚れていたけれど、着物は上等な物で、顔つきもどこか品が良い。
雑炊を食べ終わると、二人はきちんと座り直して男に告げた。
「ありがとうございました。雑炊までご馳走になり体が温まりました。夜が明けたらまた歩けそうです。」
「急がんでも、ゆっくり休んだらええ。」
「急がないと奴らが来るよ!」
突然叫んだのは幼い弟だった。
「シッ!」
人差し指を口に当て姉は弟を宥めた。
人身取引が横行した時代である。この幼い姉弟もそういう者から逃げて来たのかもしれない。男はますます気の毒になり、2人が床に入ったあとも 姉弟の様子を覗いては木戸の外に誰かいないかと見回った。2人はすやすやと寝息を立て、外はしんと静まりかえっていた。
一番鶏の声で男は目を覚ました。薄い布団はきちんと畳まれ、幼な子たちの姿は無かった。
そしてまた次の新月の夜。
木戸を叩く者があった。出ると何やら屈強そうな男が2人。一晩泊めて欲しいと請われた。招き入れ、雑炊を振る舞うと肩の力が抜けたのか、男の1人は身の上を語り始めた。
「拙者どもは人を探している。」
「この辺りで子供を見なかったか?」
あの子供達の事だとわかったが、炭焼きは「さあ」と答えた。
その嘘が見抜かれていたかはわからない。だが、男達は囲炉裏の火を見つめながら誰に言うともなしに呟いた。
「逃げおおせたのなら、それが運命なのだろう」
「ああ、これが運命なのだ」
「二人は主の元には戻らない」
「たとえその命を失おうとも」
炭焼きは、慌てて男達に聞いた。
「子供は殺されるのですか?」
「いや。主の命は生かして連れ戻す事だ」
「だが主は子供らに人の情を持っておらぬ」
彼らは言った。
「子供らは館を出れば、主の呪によって死ぬ。生きられるのは次の満月まで」
「姉はそれを知っていた。知っていて館から逃げた」
それを聞き、炭焼きは涙を流して子供らの命を乞うた。
「お察しの通り、子供達はこの小屋に来ました。朝になったら居なくなっていて行先は知りません。ただ、こんな事を言っておりました」
「もう少しだからがんばろ、と姉の方です」
男達は半ば呆れた様子だった。
炭焼きが口を開いた。
「お伺いしたいことが」
「なんだ?」
「子供達の親は?」
「死んだ、山を超えた町に住んでいたが昔、父母共々切られたと聞く」
炭焼きは更に涙し、両膝を床に着けた。
「会いたいのだ、家族に・・・」
「町に行ったと?命を投げても死人には会えぬ」
「会いに行くのでしょう故郷で満月の夜に」
朝になれば男達は迷いなく「館に戻る」と小屋を後にした。炭焼きは居ても立っても居られない衝動に駆られた。
何かの縁かそれとも行いへの罰か。失った家族に子供達を重ね合わせていた。
妻子を失い、生きる意味を失い、山にこもり平穏に生きるなどと装ってきた。家族を幸せにしてやれなかった。思い出の中で妻と子は笑うことなく生きていた。
呪いを「解く」方法は知らぬ、たが――――これも運命、炭焼きは決心した。
「発とう」
どこからか来た姉弟を、子を失ったばかりの夫婦が育てた。夫婦は裕福になり、福を呼ぶ子は評判になった。邪な道士がそれを知り、呪を掛けて姉弟を連れ去った。
町で聞いた話だ。
案の定、二人は両親の墓の前にいた。彼らは炭焼きを見ると、幼子とは思えぬ声で言った。
「そなたの情に報いよう。だが、業深き我ら故これしかやれぬ」
姉の手には赤い光、弟の手には青い光。
「生と死。好きな福を選べ」
生を選べば現世利益を、死を選べば故人との再会を。
炭焼きは迷わず手を伸ばした。
満月の夜が過ぎても、姉弟は死ななかった。
炭焼きが選んだのは、己ではなく子供らの「生」。
姉弟は炭焼きの家に住むようになった。
子らの正体も、邪な主のその後もわからぬまま。ただ、追手だった男達は、今は町にいるらしい。
彼らは末長く穏やかに暮らした。
――これが優しき炭焼きに与えらえた福の話である。
完
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めでたしめでたし